令和2年(2020)9月30日【第8号】

「落ちそうで落ちない道」

体操で用いる「平均台」という道具。

この平均台の上を
中央ではなく端の方を左右に
ヨロヨロと落ちそうになりながら延々と歩いている。
でも、決して落ちることのない道。

「神ながらの道」(かんながらの道)とは
そういう道かな、と思っています。

駅で電車が入ってきた時、
ふと、ポーンと飛び込んだら…と思ったことは私自身あります。

それは気持ちが落ち込んでいるとかいないとか、
状況に関わらず、ふと魔が差す。

もちろん、もの凄く気が滅入って、そういった気分になる時もある。

特殊な人がそうなる訳ではなく
誰しも多かれ少なかれ、生死のギリギリの境界線で
日々生きているように思うのです。

そんなフラフラと人生の道から転落しそうになりながら
「ファイト一発」のCMではありませんが
最後の一本の糸が繋ぎとめてくれて生き延びた、のような。

日々そんなことの繰り返しだと思います。

「神ながらで生きる」

女優の竹内結子さんが亡くなった、というニュースを聞いて
私自身は竹内結子さんのファンでも作品を好んで視聴したこともないのですが

何故か妙なショックのようなものがあって
恐らくそういう気分の人は多いのかな、という感じがします。

単純に年齢が近いからか?とも思ってみましたが
飲食店で食事していると、同じ話題がこの数日結構耳に入ってきたのですね。

昨年(2019年)国内では約2万人の方が自死を遂げておられて
過去、当社に関わられる機会のあった方もそういう結末になった、という話を
つい最近聞く機会があって、

そういったことも含めて、何とも
やりきれないと言うか、言葉にならない感情があるわけです。

ひとつ思うことは、
例えば当社の勉強会に継続的に参加して

https://kotoku-jinja.jp/ningen
こういう話題に触れることがあったのならば

またそれが生きる術やヒントに繋がることもあったのではないか、と。

自死に突っ走ってしまうことは
最終的にはエゴの側面も0ではないのかもしれない、と少し思ってしまうのです。

そんなことも含めて、
ギリギリのところで踏みとどまりながら
生かされていく道というものも、あるような気がする。

絶対安心でニコニコしながら生きるのではなく、
そういうギリギリの喜怒哀楽の中で命を繋いでいくような、

それが恐らく「神ながら」ではないかな、と思うわけです。

kininaru「式年祭とは」

10/4(日)は38回目の式年祭ということで
式年祭とは神社の誕生日のようなものですが

元日の「歳旦祭」と10月の「式年祭」は
御扉の開閉も含めて、いわゆる完全な形での祭事になります。
https://kotoku-jinja.jp/about